自在感の体得には時間と経験は必須
月に3~4回、オンラインでピラティスのレッスンに参加しています。
なんだかんだで2年くらいになるでしょうか。
基本の動きから応用まで、1時間という限られた時間で幅広い動きを展開します。
基本の動きでも覚束ないわたくしは、画面の向こうにいて、あまりに自在に動きを展開させるN先生に毎回ロックオン・ズギューンでございます。
身体を完全掌握している感じです。
「コントールできている」を遥かに飛び越えて、身体、筋肉、筋膜、腱、骨、神経、内臓、細胞、、、そのどれともコミュニケーションが取れているかのように見えます。
人間ってこんなことができるの?
人間ってここまでできるの?
です。
喩えるなら、ピアノがむちゃくちゃ巧い方の中には、自在にアレンジできたりできる方がいらっしゃいますでしょ。
(清塚信也さんみたいな)
あんな感じなんです。まさに自由自在。
あの自在感が、じぶんの身体でもできるようになったら、どれほど楽しく心地よいだろう…、世界が違って見えるんだろうなァ…と夢想してはニヤニヤします。
己の身体に関して、その域に行けるかどうかは不明ですが、腸もみ関しては、けっこう自在にできてる、かも(・・?
昔と比べたら、こんな感覚で♪と理屈抜き・感性でできているところがあって。
だから楽しくて仕方ない。
こんな風にもできるし、こんなアレンジだって可能!
こういうときは、こっちのやり方がアリなんじゃない?
って閃くことも多々ございます。
ということはですよ、どんなことでも、けっこうな数・時間をやりこむと、自在感の境地に辿り着く可能性があってことですね。
腸でちょっとだけ自在感を体得できつつある昨今、身体のことだって腸もみ同様やり続ければ、いつか自在感とともに動かせるようになるのでしょう。
「まだまだ」ってことは、書き換えれば、「伸びしろがたくさん」と同義です。
できないことがあるほど、できる可能性がいっぱいってことです。
そう考えると、人生って楽しみと伸びしろしかないのかもですね^^
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